三日月⑩
車の中はそれを境に無言が続く。
なんとなくだがママの気分は分かる。
そりゃあ複雑だよね。
あと三ヶ月で死んじゃう娘が他人の手術を応援するなんて……
でも私は神崎君には生きて欲しいんだ。
病院に着くと、私はママの付き添いで神崎君の部屋へと向かう。
ドアを開けるとそこにはきちんと神崎君がいた。
会うのは久しぶりだ。
「こんにちは、神崎君」
「おぉ、御堂か? 退院したんだってな」
「うん……」
ママは気を使ってるのか病室には入ってこない。
ただやっぱり待たすわけにはいかない。
私は本題に入った。
「明日、手術だよね。応援してるから頑張ってね。今日はそれだけ言いに来たの」
私はそう言って病室を後にする。
しかし、直前で神崎君に呼び戻された。
「ちょっと待って。迷惑じゃなかったら、あさ……明後日、学校が終わったらまた来てくれないかな。御堂に言いたいことがあるんだ」
神崎君の双眸が私に突き刺さる。
とても真剣な表情……
私はそんな神崎君に対し頷くと、今度こそ病院を後にした。
帰りの車の中。
行きと同じ静けさが車内を包む。
しかし、それを打ち破るかのように、突然ママが話し掛けてきた。
「ねぇ、恋歌?」
「何? ママ」
「あの神崎君って子は恋歌の彼氏なの?」
何を言い出すのかと思ったら、そんなことか……
「違うよ。病院行く前にも言ったけど彼とは友達」
「そうなの…… じゃあ好きな人なの?」
本当ママは勘が鋭い。
私はとりあえず否定した。
「違う。私は好きな人なんていない」
これは自分の願望だ。
好きになっても辛くなるだけ……
恋なんてしたくなかった。
「嘘、何年あんたの親やってると思ってんの? 自分に正直になりなさいよ」
分かってる。分かってるよ。
私だって彼に告白したいし、付き合ってキスとかもしたい。
でもそれは彼にとって迷惑なことなの……
私はだんまりを決め込め、何も喋らない。
ママも何かを感じとったのかそれ以上追求して来なかった。
次の日
私は授業に集中しきれず、ずっと病院の方角を見ていた。
前までの私なら夢のために精一杯授業を受けていたんだろうけど、もう関係ない。
仮に予定より長く生きれたとしても流石に2年は無理だ。それならたとえ意味がなくても、自己満足でいいから彼を応援したい。
私は先生に注意されようが気にせず、神崎君のことを考える。
手術が始まる時刻には手を組み、お願い――また手術が終わるころには、ずっと携帯と睨めっこだ。
しかし、その連絡は中々こず、とうとう時刻は夜
早く寝ないとただでさえきつい日常がさらに大変になる私。結局その日は不安の中眠るしかなかった。
夜が明け、日の光によって目が覚めると、私は早速携帯を見た。
白い携帯の先端から光るランプ
メールが来ている。
私はすぐにメールを開いた。
―――――――
夜遅くにごめんなさい。
看護婦さんの目を盗んでメールしてます。
手術成功とだけ報告を
―――――――
――良かった
と私は胸を抑える。
一昔前は彼の臆病さを情けなく思っていたのに、なんだか不思議な気分だ。
今日は彼の病院に呼び出された日
しっかりと祝福してあげよう。
私はフフッと笑うと顔を洗いにいくのだった。
そして放課後
ママは私が言うまでもなく車を病院に向けてくれた。
どうやら前回病院に行った時、私達の会話を立ち聞きをしていたらしい。
私は病院に着くと、自身の許す限り可能な速度で移動した。
「おめでとう」
私は部屋に入るとゆっくり息をととのえ、神崎君にそう告げた。
神崎君はそれを聞いて、こちらを振り向く。
「ありがとう。そこに座って」
神崎君は術後とは思えないほど、元気みたいだ。
しかし、身体に繋げられている管が酷い病気だったことを物語っている。
私はそんな神崎君を見ながら言われた通り椅子に座った。